プログラムが目指すもの

総合診療を目指した理由

垂水:平塚先生は、家庭医療専門医の2期生と聞きました。まだ、家庭医を目指す人が少なかった時期に先生が家庭医の道を選んだのは?

平塚:初期研修を受けた病院は青森県の健生病院という病院で、プライマリ・ケアに力を入れている病院でした。2年目の研修の時に100歳超のかたの在宅看取りを経験させていただいて、地域に根ざした医療を専門にしたいと思ったのがきっかけです。
垂水先生は、大学のストレート入局が当たり前の世代なのに、市中病院で研修を受けましたよね?当時はどんな思いで研修先を決めたのですか?

垂水:目の前の患者さんをとりあえず診ることのできる力を身につけたいという思いからでした。この思いには、複数の慢性疾患を抱えていた父との関わりが大きく影響しています。

平塚:専門にこだわらず、患者さんに必要な健康問題の解決にむかって取り組むというのは他の専門家にはない特徴かもしれませんね。それに診療所、中規模病院、救急外来と幅広く活躍できるためには基礎的な知識と技術をしっかり身に付ける必要がありますね。ただ、私は最初からそういうビジョンを持っていたというよりはがむしゃらに取り組んでいった結果で今の自分があると思っています。

垂水:先生のように「がむしゃらに取り組んだ結果」と言えればかっこいいのですが、私の場合、目の前の仕事にとりあえず誠実に取り組んでいるうちに、何となく導かれた結果として今があるという感じです。前昭和大学病院長の有賀先生をはじめ、学生時代から今日に至るまで、とにかく人との出会いに恵まれました。先生もそのうちの1人です。私が業としていることがいわゆるきちんとした総合診療に当てはまるのであれば、周囲の尊敬する人たちに「これが理想的なあり方だよ」と教えられ、実践してきた結果が総合診療なのだと思いますね。


総合診療医のやりがいとは

垂水:総合診療医としてやりがいを感じる場面は、いろいろありますよね?病院の主に救急外来をフィールドとする私と、クリニックをフィールドとする先生とは違いが出るところかもしれません。

平塚: 今は診療所がメインですが、地域の患者さんとしっかり向き合いながらここの地域で必要とされる医師はどのような存在かがすこし見えてきたと思います。例えば、咽頭痛を主訴に来院した30代の男性に喫煙歴を確認して、予防医療の観点から禁煙をすすめる。転位のない骨折の保存治療をする。小児の予防接種を実施する。アルコール依存症で生活が破綻しているような患者さんに対して、保健師や包括支援センターと連携をとって(問題の解決は難しくても)多職種による情報収集や共有をする。適応障害の患者には職場の産業医と連携をしてメンタルヘルスの問題に取り組むなどです。よく、診療所は同じ患者ばかりで退屈じゃないかと思われますが、バラエティーが豊富で飽きないというのが今の実感です。

垂水:まさに、患者さんのコンテクスト(背景・脈絡)を診る、家庭医としての仕事を1つ1つきちんとこなされている感じですね。ちなみに、私は患者さんの症状がまだはっきりしていない段階で正確な診断ができたときや、患者さんの主訴の背景にある重要な問題に介入できたとき、ドクターショッピングを止められたときなどにはやりがいを感じます。
例えば、先日は脳梗塞で近くの脳外科病院に通院している患者さんが、便秘で連日救急要請してその病院に搬送されていたのですが、3回目に断られて私たちの病院に搬送されてこられました。研修医との会話が耳に入るとどうも発声に違和感があり、お顔を見に行くと仮面様顔貌で下顎が振るえていました。かかりつけ医への問い合わせで最近、転倒で入院していたことが明らかになり、固縮があったのでパーキンソン症候群と診断して神経内科の先生にお願いしました。

平塚:確かに自分の診断でその後の患者の経過が変わることはありますね。私も最近、学校検診で心雑音を精査にまわしたら、未治療のMarfan症候群だったり、長年診断のつかなかった舌咽神経痛の患者さんと遭遇したりということを経験しました。

垂水:こうした点はフィールドの違いによらず、総合診療医としての共通点かもしれませんね。私は6割以上の患者さんを研修医とペアで診療していますので、先ほどの便秘の患者さんを診たときのように、研修医が便秘というメインの問題に加えて、周辺にある未診断のパーキンソン病や、調整すべき介護の問題、家族関係に気づくことによって、治療・介入の方針や帰宅判断を変えてきたときにも喜びを感じます。

平塚:僕が大学病院に来たのは教育に興味があったからです。3年目の家庭医を専攻することを決めてから、将来は診療所に勤めたいと思っていました。青森から東京に戻ってくるにあたって、診療所へ直接勤務するのは自分の発展を妨げるのではないかという不安がありました。そこで大学病院という分野での教育や研究といったところでも、自分を磨いていきたいと思ったのです。実際に来てみると、総合診療やプライマリ・ケアに全く興味を示さなかったような研修医たちも、1か月一緒に過ごす中で研修医たちも成長していきますし、総合診療の魅力を少しずつ伝えられているのではないかと思います。


専門医との連携のありかた

垂水:専門医との連携は、総合診療医の腕が問われるところですよね?専門医療の必要な患者さんを見極めて適切なタイミングで専門医の先生に紹介するということだけではなくて、これからは高齢化社会による医療ニーズの増大に対応するためにこれまで専門医が担ってきた仕事を総合診療医とシェアするということも必要になってくると思います。

平塚:そうですね、高齢者や複数の健康問題を持つ患者に多職種と連携して統合的にアプローチすることについては私達の得意とする分野です。これまでは総合医や開業医から専門医に依頼をすることが多かったですが、これからは地域の診療所で外来管理を依頼されることも増えてくると思います。私たちにどのような能力があるのかを実際に大学病院や総合病院の中で示していくことも専門医の信頼を得るためには必要だと思います。

垂水:昭和大学病院に総合内科(ER)の前身である救急内科Eが立ち上がってから今年で14年目になりますが、少しずつ、院内の専門医から総合診療医についての見方が変わってきています。私が大学に戻ってきた当初は、「(総合でも救急でもない)先生の専門は何ですか?」とよく聞かれましたが、最近では「私たちは医師ならば誰でもできるはずのことをやっています」というと、専門科の先生に嫌そうな顔をされるようになりました(笑)。総合診療という専門性が認められている結果だと感じます。専門医の先生が私たちに信頼を寄せてくれれば、日常的な外来管理だけではなく、ポリファーマーシーへの介入、本当に併診の必要な専門科の整理も容易になりますよね。

平塚:もっと人材が増えれば、今の救急外来の診療だけではなく、病棟全体のマネージメントや新患外来の担当、診断のコンサルテーションなど総合診療の専門家としてのフィールドも増やしていけると思っています。


地域との関わり方・私たちにできること

垂水:先生は、クリニックがフィールドですし、学校医もされていますから、地域と近い距離でお仕事されていますよね?

平塚:はい、診療所に来てから学校医や介護専門学校の講師、介護老人保健施設のアドバイザーなど地域との関わりが密接になってきています。また、地域の医師会の地域包括ケア推進の委員にさせていただいています。
訪問診療のときに自転車で行くことも多いですが、普段いかないような場所にも行くので地域を知ることがとても楽しいです。診療所の周りに神社や公園があり、旧東海道は歴史を感じることができる場所です。お祭りも盛んで、神輿ダコを作ってくる患者さんも多いです。自転車に乗って10分で行けるというのも、患者さんが急変した時に安心感を与えられるようになると思います。また、診療所を中心とした地域づくり、ヘルスプロモーション活動も今後取り組んでいきたいと思います。

垂水:まさに、患者さんの生活の中に、先生のお仕事が溶け込んでいるという感じですね。

平塚:その一方で、あまりに地域に近すぎると休みが確保できない、自分のプライバシーが守れないのが不安、余計なトラブルに巻き込まれないか心配という意見もありますね。今後の診療所医療は従来の単独診療のスタイルではなく、複数名で在宅患者や地域住人の夜間の急変に対応するというのがスマートかもしれません。
昭和大学では地域の救急医療を支える要としての機能が期待されますよね、受け入れ患者を断らないようにするために工夫をされているところはありますか?

垂水:近年、昭和大学病院自体が「すべての救急を応需できるよう努力する」という明確な方針を打ち出していることもありますが、現場の私たちとしては、とにかく受け入れ要請があれば応需することを前提にし、受け入れ不能という選択肢を意識しないようにしています。「とりあえず診ます、でも、現在の○○科の診療状況はこうこうこういう状況なので、専門治療については他の病院にお願いするかもしれません」そうお伝えして、患者さんが同意してくだされば、来ていただくようにしています。
患者さんの治療は総合診療センターだけで完結せず、専門科に相談することもありますので、専門科との適切な連携、専門科の負担軽減に努めることも重要です。例えば、専門科に相談する前に患者さんの全身状態を安定させることや、ある程度必要な検査を遂行しておくこと、また、緊急性の判断だけでなくできるだけ正確な診断ができるようにも心がけています。地域の医療機関から専門科に患者さんが紹介されてくるものの、すぐに対応できないときには初療に協力することも大事ですね。


後輩に期待すること

垂水:昭和大学の総合診療センターには、少しずつ若手の先生が仲間として加わってくれるようになりました。先生は週1回、Skypeでフィードバックしてくださっていますね。日々成長たくましい、という感じがしますが先生が後輩に期待することはどのようなことですか?

平塚 :まずはしっかりとした診療技術を身につけて欲しいと思います。状態が悪化した患者を目の前にして、自然と手足が動き適切な指示が出せるというのは若い頃にトレーニングをしなければなりません。そういう意味では大学病院で診療ができるのはとても魅力的だと思います。

垂水:必要な検査を即時に行える環境が整っていますし、先輩や専門科からのフィードバックも受けやすい、そして何よりマンパワーがありますから。

平塚:その一方で、病気じゃなくても健康が保てないというケースがあります。先ほどのアルコール依存症の患者の例では、医学的にはアルコールをやめること以外に介入方法はありません。ところがそれは最も難しい課題で、患者をいくら説得しても禁酒をさせることはできないでしょう。しかし、家族、ケースワーカー、保健師、ケアマネなどと円滑に連携を取りながら、生活を破綻させない、これ以上悪化させないということはできると思います。その時に必要になるのはコミュニケーションスキルや、患者を全体的に捉えるBio-Psycho-Social
modelといった考え方が重要になってきます。「全人的医療」というのは伝記に出てくるような崇高な医師にしか実践出来無いわけではなく、教育によって技術を身につけることで実行可能なものだと思います。

垂水:昔に比べて、高齢化が進むとともに人間関係が希薄になった今、救急外来に来る患者さんは疾病・外傷以外の問題を抱えている方が多くなったと感じます。目の前の問題の解決の糸口をどう求めたらよいのかわからず、やむを得ず医療に頼っているような印象すらあります。私は、都内の他の地域での2次救急診療にも携わっていますが、地域の救急医療機関にいると、その地域の弱者像がよくみえます。そこでは、診療上、救急医としての技術だけでなく、まさに先生の言うような総合診療医の技術が不可欠なわけです。
昭和大学病院の研修プログラムは、救急外来での研修からスタートし、地域に出ていく形ですが、専攻医は、研修全体を通じて、外来(診療所)、病棟(病院)、在宅、救急と様々な環境において、患者さんのニーズが把握でき、診療の場に応じた最善の行動がとれ、多職種連携のコーディネートができるようになれるとよいなと思います。


総合診療の今後の展望

平塚:日本では長らく「プライマリ・ケアは簡単で、医者であれば誰でもできる」という意見が多く、病院の専門医療の延長としての開業医が多数です。診療所で受けられる医療の標準化はされておらず、整形外科のクリニックでコモンディジーズである更年期障害の治療を受けることはほとんどないでしょう。家庭医療専門医も全国で400人以下という現状です。

垂水:もちろん、家庭医療専門医のような明確な資格はなくとも地域で総合診療をきちんと実践している先生もいらっしゃるわけですが、家庭医療専門医の人数として数えてしまうと、驚くほど少ないですね。47都道府県に均等に配置したとしても1県10人いないわけですから。

平塚:そんな中、総合診療専門医が新たな専門医として認定される事になりますね。当初2017年からの研修制度開始が2018年に延期になるなど少し課題もありますね。それでも、私達にとっては総合診療医が専門医としてやっと認められるということについては大歓迎をしています。垂水先生は専門医機構の委員もしているので、いろいろ苦労もされたのではないでしょうか?

垂水:そうですね。私は総合診療専門研修プログラムの基本骨格である整備基準やカリキュラムを作る委員会に書記係としてお邪魔し、各団体を代表する先生方が熱く議論する様子を間近で見させていただきました。特に、日本プライマリ・ケア連合学会、国診協・全自病協、日本医師会をはじめとする各団体にそれぞれの形の総合診療専門医の前身がいる中で、総合診療の概念を統一したり、各専門領域との調和をとりながら教育体制を整えたりする作業は本当に大変だと感じました。そうして細部にまでこだわって出来上がった総合診療専門研修の基本骨格なので、ぜひ良い形に実を結んでほしいなと思います。プログラムの開始が1年延期になったのは心から残念なのですが、その分しっかり準備をして、昭和大学病院のプログラムも良いスタートを切りたいですね。